
ストレス
ていうのは1番健康に悪いです。
心と身体は繋がってます。不可分です。別れるのは死んだ時くらいです。
30数年前、離婚した私は家庭と仕事の両面でストレスを抱えて、時折心臓が止まるんじゃないかという発作(狭心症)が頻繁に起こりました。それを何とか忘れよう、やり過ごそうとアルコールに走り、ますます体調を損ねて行きました。
ある日の事です。
早朝5:30にパン屋を開き、1人でパンの仕込みを始めたその時、「ああ、自分は失敗した、親にも別れた妻にも、そして子供にも顔向けできない、赦してもらえない、自分でも自分を赦せないなぁ。それでこんな心臓発作になるんやなぁ」
思っていたら
「イエスは赦してくれる」
という声を聞きました。
耳で聞いたのか頭の中なのかわからないが、それははっきり聞いたんです。
続けて聞こえました。
「人の子は地上で罪を赦す権威を告げ知らせるために」
???
「これって聖書の言葉やんなぁ、どこにあるのかわからんけど?」
何のことか?
「罪を赦す権威」とは何?
裁判官?大統領?天皇?
いや、人間じゃない
人間を超えた存在、神様?
イエスがそれを持つということ?
ではイエスとはいったい誰?
その瞬間わかりました。
「イエスは私の罪を赦すために十字架につけられたんだ!」と。
クリスチャンになった瞬間でした。背中に抱えていた大きな荷物がドサッと音を立てて落ちた。思わず後ろを振り返ったほどです。
今でも覚えてます。「私はいったい何を背負っていたんだろう」
あれが「罪、罪責感」だったのでしょうか。
“背きのうちにあり、また肉の割礼がなく、死んだ者であったあなたがたを、神はキリストとともに生かしてくださいました。私たちのすべての背きを赦し、
私たちに不利な、様々な規定で私たちを責め立てている債務証書を無効にし、それを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました。”
コロサイ人への手紙 2章13~14節
悲観的な人生におさらばし
必要ないものを無駄に背負わない生き方
人目を気にせず自分らしく生きること
神様が私のオーナーでありスポンサーでありカウンセラー
それは私をあらゆる面で肯定的にしました。一見悪いことが起こっても「これはきっと何かのチャンス」と考えるようになりました。そう考えそう行動することが、さらに自分を肯定的に変えました。
自分が嫌いだったのが、だんだん好きになりました。
ストレスが全くない人生
確かにそんなものはありません。
しかし神様というオーナーがいる
スポンサーがいる、カウンセラーがいる
それなら恐れて生きる必要はない。
アンチエイジング
その全て、自分を肯定的に生きること全ての土台は「イエス様が私の親分」という信仰です。
