灘ジーザスフェローシップの説教

家の教会として始まった灘ジーザスフェローシップ
私はセルチャーチを長年やって来た経験から、小グループの分かち合いというのは慣れています。セオリーに囚われず臨機応変に小さな集会を数多く作りやって来ました。
小グループの学び、主にディスカッション形式で「自己発見型聖書の学び」というもので、みんなが均等に話もできて大変良いのですが、聖書を網羅的に系統立てて初心者が学ぶには、効率が悪いことにも気づきました。
それである時から聖書をテーマごとに整理して話すティーチングや、聖書の書簡を連続で講解する説教を始めました。
私は神学校に行ってないので、書簡の連続講解は、それ自体が自分の勉強になりました。だいたい一回に一章、長い箇所は半章という感じで説教します。
説教が一方通行にならないように、また聞いている人が寝てしまわないように、時々会衆に質問を投げかけて、答えてもらうようにしています。
だいたい旧約聖書を一巻やったら、次は新約聖書を一巻やるという風に、旧約聖書の例えばエレミヤ書が長すぎると、新約聖書のコリントをやったり、会衆が飽きないような工夫をしています。
教会によってはいつも初心者向けのテーマ説教をしている牧師もいますね。
短いみことばをいくつか紹介して、あるテーマについてだけ話す。しかしそれだけだと古参の信徒さんは聖書を網羅的に学ぶことができず「毎年同じことばかり聞いてる」という感じになり聖書の理解が深まらないように思います。
もちろんそういう「軽い説教でいいんだ」という信徒さんもいるでしょう。
自分に対する適応や悔い改めをその場で要求されるような説教は聞きたく無い、気の休まる気持ち良くなる説教を聞きたい、1週間働いて疲れているのだから、、
しかしそれではクリスチャンはいつも「乳を飲んでいる」ベイビークリスチャンのままです。 
“あなたがたは、年数からすれば教師になっていなければならないにもかかわらず、神が告げたことばの初歩を、もう一度だれかに教えてもらう必要があります。あなたがたは固い食物ではなく、乳が必要になっています。
乳を飲んでいる者はみな、義の教えに通じてはいません。幼子なのです。”
ヘブル人への手紙 5章12~13節
私の説教は原稿は書きません。だいたい金曜や土曜の夜に公園を1時間半くらい祈りの散歩をしてメッセージのアウトラインが生まれ(与えられ)ます。それをメモにして関連聖書のみことばをいくつか書き込んで、日曜はメモに従いアドリブで説教します。ただ聖霊の導きを信じて話すだけです。ただ書簡を始める際には、その書簡の背景を調べますけど。
これは働きながら教会開拓をして来た方法として、神様から教えてもらったやり方です。フルタイムの牧師でない私には説教に10時間も20時間も用意にかける時間は無いからです。
説教は少し長い方かもしれません。日曜礼拝は三ノ宮のライブハウスをお借りしてだいたい1時間半、水曜は家庭集会で、クリスチャンの学びをディスカッション形式でやる小グループです。zoomで参加することも可能です。関心ある方ご連絡くださいね。

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