
「患難前携挙説の説明を反証する」
以前からキリスト教福音派の中で有力な終末論とされている患難前携挙説が、聖書を素直に読めば矛盾だらけであることを説明して来ました。
以前この立場から本を書かれている牧師さんに電話して説明を伺ったことがあります。
その牧師さんの持論では次の聖書の箇所にヒントがあると
“一つの町で人々があなたがたを迫害するなら、別の町へ逃げなさい。まことに、あなたがたに言います。人の子が来るときまでに、あなたがたがイスラエルの町々を巡り終えることは、決してありません。”
マタイの福音書 10章23節
この箇所からイエスは世界宣教が全ての国家民族に伝わり切る前に帰って来られるのだと患難前説の方は言うのです。
イエスはこう言われました。
“しかし、聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。」”
使徒の働き 1章8節
イエスが望まれていたのは、「地の果て」までの全世界への宣教です。
しかし同時に「イスラエルの町々を巡り終えない」とも言われました。
だから携挙は、世界宣教が完全に終了する前に起こるのだ、と説明しようとするわけです。
確かにイスラエルの改心は世界宣教の最終段階であることはパウロが示唆しています。
“兄弟たち。あなたがたが自分を知恵のある者と考えないようにするために、この奥義を知らずにいてほしくはありません。イスラエル人の一部が頑なになったのは異邦人の満ちる時が来るまでであり、
こうして、イスラエルはみな救われるのです。「救い出す者がシオンから現れ、ヤコブから不敬虔を除き去る。”
ローマ人への手紙 11章25~26節
よく読めば、パウロはイスラエルの改心は異邦人宣教終了後であることを示唆しています。だからイスラエルの町々を巡り終えないことが、異邦人宣教が終了していないことを説明しているわけではありません。さらにこれは患難時代前であることを保証している箇所でもありません。
すでに過去記事で説明したように、患難時代7年間全体が「神の怒り」だとは聖書は説明していません。神の怒りが語られるのは、明確には黙示録 11章です。
“諸国の民は怒りました。しかし、あなたの御怒りが来ました。死者がさばかれる時、あなたのしもべである預言者たちと聖徒たち、御名を恐れる者たち、小さい者にも大きい者にも報いが与えられる時、地を滅ぼす者たちが滅ぼされる時です。」”
ヨハネの黙示録 11章18節
しかもこの直前に第7のラッパが鳴らされます。
“第七の御使いがラッパを吹いた。すると大きな声が天に起こって、こう言った。「この世の王国は、私たちの主と、そのキリストのものとなった。主は世々限りなく支配される。」”
ヨハネの黙示録 11章15節
私の考えでは携挙は第7のラッパの時に起こると考えるのが、最も他の聖書箇所と整合性があります。
“人の子は大きなラッパの響きとともに御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで四方から、人の子が選んだ者たちを集めます。”
マタイの福音書 24章31節
“終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちに変えられます。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。”
コリント人への手紙 第一 15章52節
“すなわち、号令と御使いのかしらの声と神のラッパの響きとともに、主ご自身が天から下って来られます。そしてまず、キリストにある死者がよみがえり、
それから、生き残っている私たちが、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられ、空中で主と会うのです。こうして私たちは、いつまでも主とともにいることになります。”
テサロニケ人への手紙 第一 4章16~17節
それまではクリスチャンは地上で宣教し、迫害を受けながら耐え忍ぶことになります。患難前説の人が最初に引用したマタイ10-23の文脈を見れば、このみことばの前にはこうあります。
“いいですか。わたしは狼の中に羊を送り出すようにして、あなたがたを遣わします。ですから、蛇のように賢く、鳩のように素直でありなさい。
人々には用心しなさい。彼らはあなたがたを地方法院に引き渡し、会堂でむち打ちます。
また、あなたがたは、わたしのために総督たちや王たちの前に連れて行かれ、彼らと異邦人に証しをすることになります。”
マタイの福音書 10章16~18節
また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれます。しかし、最後まで耐え忍ぶ人は救われます。”
マタイの福音書 10章22節
全体を見ても患難時代前に携挙がある説明にはなりません。
有力な牧師さんたちが患難前説を疑うことなく信じておられるので、私のような小数派の説明はなかなか普及しませんが、それでも私の話を聞いて考えの変わった牧師さんクリスチャンも、感謝なことに少しずつ増えてきています。
