クリスマスシーズンに思う

毎年クリスマスが来ると、世間がどうかはさて置き、私たちは日頃お世話になっている人や友人に、今年は何をプレゼントしようかと思案する。
妻は毎年クリスマス、ニューイヤーカードを150枚を刷って配る。聖書のみことばカレンダーも毎年配る。12月にできた焼き芋🍠も配る。サツマイモでスイートポテトを作る。畑の近隣にはお菓子を、近しい人には帽子、靴下、手袋など
水曜礼拝で気付かされたことがある。
“自分を愛してくれる者たちを愛したとしても、あなたがたにどんな恵みがあるでしょうか。罪人たちでも、自分を愛してくれる者たちを愛しています。
自分に良いことをしてくれる者たちに良いことをしたとしても、あなたがたにどんな恵みがあるでしょうか。罪人たちでも同じことをしています。〜
しかし、あなたがたは自分の敵を愛しなさい。彼らに良くしてやり、返してもらうことを考えずに貸しなさい。そうすれば、あなたがたの受ける報いは多く、あなたがたは、いと高き方の子どもになります。いと高き方は、恩知らずな者にも悪人にもあわれみ深いからです。
あなたがたの父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くなりなさい。”
ルカの福音書 6章32~36節
そして私は話した。
「いつも私はお世話になってる人にクリスマスプレゼントをして来た。しかし今年はみんなに言いたい。疎遠になった人、仲違い人はいないだろうか?そんな人がいたら、メリークリスマスと伝えてみてはどうだろうか?プレゼントをしてみてはどうだろうか?」
教会の1人がチャレンジした。
仲違いした人にプレゼントを持って訪問した。私も一緒にいた。その人は目を釣り上げ「いらん!」と吐き捨てた。和解したいと伝えて、プレゼントを置いて帰った。しかし後日プレゼントは送り返されて来た。
私は疎遠になった人、何人かの近況を聞くためにメールをしてみた。返事はまだない。プレゼントしても「ありがとう」のなかった人もいる。
私たちは聖書のみことばを聞いて学ぶ。しかしそれを実践しなければ意味がない。
世話になった人、返してくれる人、友人にプレゼントするのは誰でもする。それは当たり前だ。しかしイエスは私たちにチャレンジを与えておられる。「そうでない人にしなさい」
あなたのチャレンジがすぐに報われるとは限らない。応答はないかもしれない。「ありがとう」と言ってもらえないかもしれない。あるいは「もう来るな」と言われるかもしれない。
それでも良い。
イエスは私たちに言われる。
“神は、一人ひとり、その人の行いに応じて報いられます。
忍耐をもって善を行い、栄光と誉れと朽ちないものを求める者には、永遠のいのちを与え、
利己的な思いから真理に従わず、不義に従う者には、怒りと憤りを下されます。”
ローマ人への手紙 2章6~8節

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