
記事はこちら:ユヴァル・ノア・ハラリ「非常事態が“日常”になったとき、人類は何を失うのか」
イエスキリスト以前がBCで以後がADなら、コロナ以前以後で世界はどう変わるのか?識者の間ではもうそんな議論が生まれている。
ハーベストタイムの中川健一氏も最近の動画でそんなことを話されていたが、私的には常に聖書預言との関連性で考える。
紹介するのはやはり、監視社会の到来を危惧する識者の意見だ。これを聖書預言的に見れば、やはり黙示録13 章にどうつながっていくのか?という見方になる。
と同時に黙示録13 章が到来するには、「獣」が象徴している全体主義的な超国家権力がどのように、それが作り出されるのかだ。そのためには世界世論が「自分の命や生活を守るために」「自分のプライバシーを犠牲にしても」超国家権力を待望する機運が生じなければならない。一方でトランプやプーチン、習近平などの自国至上主義や国家至上主義が何らかの形で破綻しなければならない。それがこのコロナウイルスがもたらす近未来に起こるのか?起こるとすれば、どのように起こるのか?
コロナの収束ももちろん大事だが、私の関心はやはりそこにあるんです。
“また私は、海から一頭の獣が上って来るのを見た。これには十本の角と七つの頭があった。その角には十の王冠があり、その頭には神を冒瀆する様々な名があった。”
ヨハネの黙示録 13章1節
“その頭のうちの一つは打たれて死んだと思われたが、その致命的な傷は治った。全地は驚いてその獣に従い、”
ヨハネの黙示録 13章3節
“獣は、聖徒たちに戦いを挑んで打ち勝つことが許された。また、あらゆる部族、民族、言語、国民を支配する権威が与えられた。”
ヨハネの黙示録 13章7節
