「渡哲也さん死去」
「渡哲也さん死去」
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渡さん今頃、石原裕次郎さんと天国で酒を酌み交わしてるだろうと。
この下りよく聞く。
美空ひばりさん、今頃天国でも歌ってるだろうとか。
高校一年の時
同級女生徒が心臓発作で亡くなった。
その葬儀の列に並び、僧侶の読経を聞きながら、私の中に素朴な疑問が浮かんだ。
なぜ人が死んでからお経を聞かすんやろ?
お経が大事なものなら、なんで生きてる間に誰もそれを学ぼうとしないのやろ?なんで意味わからんものを有難がるのやろ?
そして葬儀の帰り、女生徒の彼氏を慰めるため、同級男子で居酒屋に行った。そこでの酔っ払いながらのみんなの会話「今頃あの子は天国にいるんや。だからもう苦しんでないんや。」
思った。「天国てあるんやろか?どうしたら入れるんやろ?」
人は誰でも死んでそれで終わりだとは思いたくないんだ。そしてできることなら天国に入りたいんだ。そう思った。
でも天国に入ってるてなんでわかるん?
良い人だったから?
人気のある俳優だったから?
歌が上手かったら天国に入れる?
天国に入れる基準て何?
誰がその基準を決めてるの?
そういう素朴な疑問
大人になったら忘れるんかなぁ?
今は知ってる。
天国に入れるかどうか決めるのは神様で
神様を信じも受け入れもしない人が天国に自動的に入れるのではない。あなたの家に入れるのは、あなたがその人を招き入れると決めるからで、誰も勝手に人の家に入れないのと同じなんだ。
天国の主人は神様なんだよ。